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それはそれは華やかに、地域の活性化を願ってなんて望まれて、
その開場をそりゃあ多くの人々から歓迎された繁華街でも、
寂れてしまえばあっという間に廃墟と化す。
貿易や交易で栄えた港町ヨコハマではあるが、
その交易方法の進化や人々の嗜好の移り変わりから、
貿易でやり取りされるものも時代時代で様変わりを余儀なくされ、
埠頭もその設備の互換性や特化などが求められてのこと、
古びた場所へは船も就かなくなり、そのまま寂れてしまう場合が案外とある。
歴史を讃えて観光名所として扱われればまだいいが、
交通の至便さも変わった末、
人が全く寄り付かなくなった殺風景なその場所へは、
湿った風と遠い汽笛の声だけが侘しく届くのみ。
それほどまでに人気のないとある埠頭に、
寄せ来る波の音へと紛れることなく刻まれる靴音がし、
海鳥が見下ろすは、それぞれがいつものそれを羽織って来た長外套。
その裳裾が潮風になぶられて、
時に軍旗のようにそれは華麗に大胆に、大きくはためきひるがえる。
片やは首周りや腕へ痛々しいほどの包帯を巻いている女性で。
そのような付属品にまずはギョッとさせられるが、
それより何より真っ向から相対して感じられる、見た目以上の存在感が物凄い。
一見すると、繊細そうな美貌の君で、
真顔の今は淑とし瑞々しい面差しといい、
女性らしいまろやかさを抱えつつ、すらりとしてしなやかな若木のような肢体といい、
役者にだってそうは居なかろ玲瓏端麗、まだまだ十分に年若い風貌でありながら。
だということと不整合なく同居するのは、
その聡明そうな横顔や立ち居に満ちる、過ぎるほどの威容と落ち着きで。
部下を使ってコトを進めることに慣れているよな、
どんな重責をも苦もなく預かり全うさせられるよな、
奥深い思慮と確固たる自信に満ちたそれ、
強靱余裕な色をたたえた重厚さや威容のようなもの、
そのほっそりとした双肩や淑やかな顔容の上に嗅ぎ取れて。
実際、得体の知れない者から狙われ、
銃撃という物騒極まりないコールによる呼び出しを受けたというに、
潮風になぶられる柔らかそうな髪を細い指で掻き上げるたびに覗く、
ほのかな愁いをたたえた白い横顔には不思議と一縷の怯えも不安の影もない。
泰然としてさえ見える そんな美貌の板額御前の傍ら、
「……。」
そちらも口を噤んではいるが、周囲へ油断なく意識を巡らせているものか、
秋の風より寒々しく、冷気に近い気配をまとった青年が添うている。
細くしまった肢体を弓なりに反らせた立ち姿は、ようよう鍛えたしなりのいい刃のような印象で。
着ているものがほぼ漆黒でまとめられており、髪色も黒と来て、
まだ陽も高いというに、渇いた陽だまりに立つ彼自身が陰鬱な影のよう。
ようよう見やれば、舶来の陶貌人形を思わすほどの美形だというに、
凍り付いたままの表情や鋭に尖った視線などからは、物騒不吉な印象しか誘われぬ。
こちらもまたいかにも若々しくて柔軟そうな、
すらりとした立ち姿は、ただただ嫋やかで秀麗なだけだのに。
寡黙な漆黒の双眸が かっと刮目されたれば、
その痩躯より吹きすさぶは一陣の疾風。
藍の海原を背景に、蒼穹を翔るは赤い光をおびたる黒獣の顎。
折れそうに見えるその身へまとった 長衣紋の裳裾が疾風孕んでひるがえり、
誰一人として逃れられはしない、妖異を思わす鋭い刃牙が現れる。
「……。」
恐らくはそれを察知しての防御だったか、
ひゅるんと空を撫でるよに しなって舞ったそのあとへ、
彼らには馴染みの深い攻勢破砕の音、たたたたんっと物騒な響きが轟いた。
二人が立っている古ぼけてすり減った埠頭の地べた、
あらの目立つコンクリを数か所ほど帯状に抉ったのは、
どうやらマシンガンの掃射によるもので、しかも生意気に威嚇だったらしいそれ。
というのも、当たりはしなかろと
立ち止まったところで不動のままいたこちらの二人であり。
不遜なまでに鷹揚としたままの彼らだというのへ、
意外や苛立つような舌打ちもせず、いやに快活な声がかかる。
「素直に呼び出されてくれてありがとう。
太宰治くん。と、芥川龍之介くんだったね。」
直接掴みかかりたいわけではないのだろうが、
それでも…たった二人、しかも片やは女と相対すのへ、
数十メートルは間を空けて現れたのが、
今回の迷惑行為の主犯だろうご一行。
距離と潮騒に自身の声が紛れぬようにか、
どこのDJポリスかと問いたくなる、小型の拡声器を口許にあてがっている男が、
使われてはいなかろう傍らの倉庫群の陰からぞろぞろと出て来た黒服を従えて立っており。
数で圧倒しようという初手のおし出しは悪くないなと、
どう考えても自らの敵だというに太宰がそんな採点を下しておれば、
「まんまとおびき出されてくれたね。」
若いのだか実はいい年齢の中年か、どちらか判然としないのは、
此方の二人の半分ほども威容というか重厚さというかが見受けられないからだろう。
さように薄っぺらい印象しかない頭目殿は、だが、
そんな見目風采には今のところ全く関心がないらしく。
「何やらお仲間を呼んで対策を立ててたようだが、
さすがに我らの真の狙いは読み取れなかったようだ。」
くつくつと低い声音でのどを震わせ嗤った頭目殿、
どうやら自身で執行中の作戦展開にしごくご機嫌であられるらしい。
此方の二人を遠目ながらも愉快そうに見やると、
「我らの本当の目的はそちらの…何て言ったか、
太宰くんだったかな? 曽てのポートマフィアのうら若き幹部殿じゃあない。」
ふふふと思わせぶりに言を切り、
「我らが狙うは、芥川、貴様の方だ。裏社会最強の異能をひねりつぶせば
「そっちの世界で名が上がるということなんだろう?」
一応は機能性を考慮してのこと、膝丈のスカートはセミタイトを選んだが、
それでも潮風に裾がはたはたと躍っており、
穿いてから気づいたのだが、後背部に結構深いスリットが切ってあったせいだ。
まさかとは思うがめくれ上がらないかとちょっとハラハラするし、
まとめて来なかった髪も、顔にかかるのがちょっと邪魔。
ぬかったなぁ、やっぱり付け焼刃だもんな、
本物の女性じゃあないから、そんなことには気が回らなかったなぁと、
そっちを不快に思ってだろう、しかめっ面のお嬢さんが、
意気揚々という調子だった薄ぺら頭目の決め台詞…だったらしい声へ、
故意のことだろ、強引極まりない食い気味な間合いで言い返してやる。
「最初は闇討ちでもいいくらいに構えていたが、
あの羅生門をねじ伏せてやるとことあるごとに吐いてた言動が周囲から洩れ、
組織を壊滅させられた連中から、自分らも手を貸すぜなんて声掛けが集まってしまい、
気が付きゃあ引っ込みがつかなくなった。」
___そう、ど派手に叩き伏せるところを公開しないと収まらぬほどにね、と
私の大事な愛し子に何てこと企むかなと、
実ははらわた煮えくり返ってましたというのがありあり判って、
「………。」
案じられてた芥川当人でさえ、ちょっとお顔を逸らしたほどに、
顔は笑っちゃいるが双眸は仄暗く陰って座ったまま。
ポートマフィアの構成員たちなら、
覚えがあるぞ、ウチの上級幹部の本気の目だと震え上がっただろう、
冷然とした石化仮面の笑みを浮かべた太宰嬢が。
ぎょろりと剥いたその目で見まわしたのは、見晴らしのいい埠頭の周縁ぐるり。
そこここにギャラリーをひそませて、
黒衣の覇者を虐殺せむという “公開処刑”を執り行う予定だったことまでも、
実はすでに推量済みだった太宰だったのであり。
「しかも、だ。
ちょくちょく彼んちへお邪魔する、曽ての師匠らしいのは。
そちらもキミらのお仲間にとっちゃあ忌々しい、
正義の味方を気取ってる“武装探偵社”の人間で。
どうしてくれよかと悶々としていたが、
そ奴が “異能無効化”なんて奇妙な異能を持っていると判ったものだから。
窮地の中、必死でぐるぐると頭を回してた誰かさんが、これは使えると飛びついちゃった。」
すんなりとした両の脚、肩幅ほどに開いてのしっかと構えた仁王立ち。
マントのようにひるがえる外套を背負い、
だがだがそれさえ華やかな幻惑のように自分を引き立てる小道具に仕立てて。
細い顎を引き、ほんの少し上目遣いになって淡々と語る麗しの美女は、
傾城というより妖婦のような艶やかな笑み、紅も引かない口許へ浮かべ、
不意に口調をおどけたそれへと切り替えて、
「あれれェ、それって上手く使えば
羅生門の火力を封じられるのではないかぁ?なんて、
誰かが思いついたのだろう?」
「う…。」
実は本命は芥川のほうだということや、
太宰を彼が庇うように持ってゆけば、恐ろしい羅生門を封じられるのではないかと。
ざまを見ろとの悪態を大上段から投げつけて、
くッと口惜しげに顔を歪めるところ、ワクワクして待ち構えていただろうが、
「情報を緻密に集める態度はなかなかだったが、気が逸って中途半端だったのが敗因だ。
せめてもうちょっと私の能力を丹念に調べるべきだったね。」
寡黙なことを発揮してか、ただただ押し黙り、師の口上を聞いている黒の青年へ
だよねぇなんて同意を求めるような会釈を向けてから、
「大方、守りの堅い情報に音を上げて、
実地で尾行を重ねた末に何でか堅気の探偵社員と親しいと判り、
そ奴の異能が異能無効化だと知って、最強の羅生門へハンデを負わせられると踏んだんでしょ?」
そうという推測はとっくに立ち上げておりましたよと、
ずんと詳細な部分まで、あっさり暴く 人の悪さよ。
その詳細がまた、あまりに図星だったのか、
相手方の頭目が うぬぬうと苦虫噛み潰したような顔になったのだから恐ろしい。
“まあ、私の前職はそう簡単には調べられなかったのだろうけど。”
2年もかかった異能特務課の洗浄作業と、
その間 地下に潜ってた潜伏生活を舐めてもらっちゃあ困ると、
何故だか太宰が大威張りな発言を胸のうちにてこぼしてから。
「私の異能“人間失格”は、基本、相手へこの手で直接触れねば発動しない。
それか、強く意識して放つ格好でないとね。」
そうでないと周囲に居る味方の異能まで一緒くたに消しちゃうじゃないと、
わざとらしいシナを作って甘い甘い苦笑をして見せ、
「無意識に機能するのはせいぜい私自身へ向かってくる力まで。
なので、例えばすさまじい重力操作を発揮して
そうそう近づけない状態の存在の間近へまで立ち入ることが出来る。」
ただし、そこへと降りそそぐ銃弾や爆撃は避けられないから、
身を躱す鍛錬は欠かさなかったけれどと胸中にて独り言ち、
「なので、」
よく見えるようにと顔の高さまで挙げた両手を、左右に構えてばあと開いて見せてやる。
幼稚園のお遊戯の始まりのようなポージングは、相手を小馬鹿にしてのこと。
サイズが合わなくなって、只今絶賛萌え袖状態の外套の袖口を握り込む格好で、
そのまま左右それぞれの手をくるりとくるんでおり、
しかも利き手には銃を握ってもいる。
その上で、異能発動させない意識をしておれば、
その身へ触れる程度なら、衣服越しではほぼ無干渉なのであり。
そこまでをいちいちわざわざと証明するつもりじゃあなかったが、
「おっと。」
「…っ太宰さん。」
慣れないパンプスでよろけかかったところへ手を差し出した芥川。
支えるためにと腕を強く掴む格好となっても、
外套越しではその瞬間だけ異能がやや途切れて薄くなる程度で、
まんま封じられてしまうほどじゃあなく。
よって羅生門の発動にも大した影響が出なかったこと、
さっそく証明するかのように、
「ぎゃぁあっ!」
「は、話が違う!」
数だけが頼りだったらしい突撃担当の先鋒組が、
羅生門の黒獣に何度か往復されてはあっさり薙ぎ倒されており。
跳ね飛ばされては擦り切れたコンクリの地べたに次々と倒れ伏す。
太宰が関わっている手前、片端から殺すわけにもいくまいと構えてか、
戦闘不能にするだけで留めている彼であり。
“ああ、そんなことまで制御できるようになったか。”
そこはあの敦との、共闘やら直接対峙した過去のあれこれも関わっての成長だろう。
非情たれというのは他でもない自分が植え付けたようなもので、
マフィアの一員だ、しょうがない感覚だ。
だが、真に強い者には不要となろう浅ましいものでもあるので、誤解せぬよう学ばねばならぬ。
絵空事ではない現実や地続きのそれとして、修羅場に身を置くこの子には、
感情に振り回されるのは確かに危険だし、選択に迷っていては命が幾つあっても足りぬ。
ただ、正しい強さの上に築かれる“非情”というものもある。
こればっかは自分の口からは絶対に言いたかないが、
どんな酷い現実へも目を伏せず、非情な選択を強いられても誰のせいにもしないで
顔を上げたまま揺ぎ無く真っ直ぐ進む中也の強さなど、
ある意味、いいお手本ではなかろうか。
“…何か腹立ってきたな。” (おいおい)
舌打ちの代わりのように、
両手で抱えるよに構えたそのまま“ぱぱぱぱんっ”と撃った自動拳銃から放たれた弾丸で、
這いずってでも近寄ろうとしかけていた前衛の生き残り数人の、
そのすぐ目前のコンクリを蹴立てさせるようにして弾幕を浴びせかけることで
なけなしの戦意をへし折ってやる。
殺す気はないがそうだと知れては何にもならぬ。なので、
精度がもつうち、際どい銃撃の固め撃ちをし、
相手の鼻づら、恐怖で引き回してやるべえというのが太宰の狙いであり、
「女性の身では口径の大きい銃が使えないのが難儀だね。」
日頃ならば大型のNフレームを軽々と扱っているのに、今はせいぜい中型のLが限度。
それを忌々しいと思ったように誤魔化して嘯くと、
「当然ですよ。鎖骨を折りたいのですか?」
黒外套のポケットに手を入れたままといういつもの姿勢、
寄せてくる先鋒組を黒獣で右へ左へ薙ぎ払いつつ、芥川が返事を返す。
口径の大きな大型の銃は、弾圧も大きいため打てばすさまじい反動が返ってくる。
女性の骨格でNフレームの銃など扱えば、後ろへ吹っ飛ぶか鎖骨を折るのがオチだ。
中型の銃でも結構な反動が来るのを上手に流し逃がしつつ、的確に銃撃をこなす太宰であり。
突っ込んでくる手合いは減りつつあるが、
まだまだ頭目殿の間近に控える顔ぶれは尽きず、
距離があるので掠める程度、せいぜい足止めか手塞ぎ程度しか加勢は出来ぬ。
場慣れした怖いもの知らずへは大した歯止めにはならないのが歯がゆいと、
彼へもハンデがないわけじゃあない模様。
それでも、
「肩、貸して。」
「はい。」
たなびきようがやや不自然だった
砂色外套の裏から抜き取ったのは銃身がやや短めだが立派なライフル銃で。
銃身を芥川の肩へ据えると、
「これで耳塞いでて。」
ホイと背後から抛られた何かがあって。
綿の入った縫い包みのようなものを、素直に銃身を据えられた側の耳へ押し付ければ、
バンッという衝撃があったが音はさして耳へは届かぬまま、
そして同じ方向を観ていた視野の奥、高いビルの屋上で大きくのけぞる誰かのシルエットが望めた。
「ちょっと不安だったが、狙撃の腕もあんまり落ちては無いなぁ。」
喜んでちゃいけないかもだけどと、はやばやと銃身を退け、
銃座になってくれた青年の肩を撫でて、ごめんねと小さな声で囁いた。
そうまで触れても彼の最強の攻撃異能は微塵も緩まず、
「な、何故だ。」
此処まで思惑が外れたことへ、真っ青になった頭目殿へ、
太宰がふふんと妖麗な口許を婀娜っぽく歪めて、
目許は目許で睫毛を伏せがちにし、わざとらしくも煽情的に笑ってみせる。
そして、相手の真似じゃあないが、こっちも…こちらは子供用の玩具みたいな可愛い仕様のそれ、
ピンク色の小型の拡声器を口許へ当て、
ちょっと遠い相手へ良く聞こえるように告げたのが、
「私へ妙な仕掛けを振るった異能者たちは、すでに捕らえているよ。
媒体異能なんていう変わり種の“ウィスパー”と“メッセンジャー”ってのは、
マンションでの“会議中”に居場所は把握してたらしいし。」
くすんと笑ってから、○○街の女衒の仕舞屋と告げれば、
向こうの何人かがハッと表情を凍らせる。
大方、彼らが問題の異能者らを待機させていた、宿代わりの屋敷がある土地番地なのだろう。
そこは既に中也が息のかかった情報屋を手配してあったので、
彼と敦が芥川の住いを出た辺りで、もう身柄確保すんでまで手筈は進んでいた模様。
「あと、女性化させる子も追い詰め中だと連絡が入ってる。。」
「な……。」
情報を刷り合わす会議を構えたあの場では、まだ微妙に五里霧中だと見せかけていただけ、
実はそれより前、すでにあらかたの仕掛けは解けており、
別行動をとっている中也たちへもその辺りは刷り合わせ済み。
「このご招待を掛けて来るまでは、むしろ盗み聞きされてた方がいいからって、
盗聴器も外さないで放置していた。
私たちの会話を聞いてたなら “んん?”となるよな言い回しも多々あったのにね。
そういう順番だったって気がつかない辺り、やっぱり詰めが甘いよ、キミら。」
女性もかくやという瑞々しきイケメンだったその風貌、
本当の女性となった今は、それは凄艶な笑みを滲ませ、
恐ろしくも麗しい、魔性の女の最上級といわんばかりの
凄絶な怖さを艶やかに発揮していたりしたのだった。
to be continued. (17.10.08.〜)
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*太宰さんの恐ろしさってのは
凡人にはなかなか想像がつかないレベルだと思われ。
……そんなん、凡人のおばさんに思いつけるわけないじゃんか〜〜と。
それでも頑張ってみました、はい。

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